東日本大震災で犠牲になられた多くの方々に心より哀悼の意を表します。
15年前の平成23年3月11日午後2時46分、私は来たる川崎市議会議員選挙の準備で関係者を訪問していた際に、大きな揺れに遭遇しました。
東日本広域で多くの尊い命が犠牲になり、多くの人々が被災し、被災していない人々も含め、全国の人々が不安な日々を送ることになりました。
原発事故が発生し、事故現場で人命救助、放水や空中散布での拡大防止に努めた消防士や自衛官の命懸けの活動に心より敬意と感謝の意を表します。そして、犠牲になられた隊員の礎が今の我が国を守ってくれていると、重ねて感謝申し上げます。
この時に、被災地域の子どもたちや被災地で対応した隊員や関係者の家族が放射能汚染と揶揄され、いじめられたことがとても残念でした。
令和2年に始まるコロナ禍で、寝食をとらず命懸けで対応した医療従事者の家族がいじめられたことは、震災の反省と教訓が生かされておらず、とても残念な想いをしました。
このようないじめは、子どもが生み出すのではなく、大人の言葉に起因します。
私たち人間は、不安に陥った際、自分と考えや境遇の異なる人たちが、より下にいると思い込むことで優位に立って些細な安心を得ようとします。
それは、自分が弱いからです。
さらに、自分よりも立場の弱い人たちに対しても同様のことをして、自らの立場に安心しようとする人がいます。
人を貶めることは、恨み、悲しみ、憎しみしか生みません。
震災で人々が傷つき、発災から9年後のコロナ禍でもまた人々が傷つく。
私たち政治家は、命を守るのが第一ですが、一人ひとりの人生を守ることも第一です。
災害発生時は全員が被災者になります。
一人一人が備えることで、奪い合うのではなく、ともに生き抜く同志になれます。
自由はわがままなのではなく、自由には責任があります。
一人一人の少しの責任感が、多くの人々を救います。
東日本大震災発災から15年の中で、我が国は様々な災害に見舞われました。
その時々を生きた人々、その時々に人々を救おう、守ろうとした人々が礎となって今があり、今を生きる人々がいます。
震災に学び、一人ひとりの心も傷つけないように、傷ついた心が癒えるように、今後の防災・減災対策を考えて行きたいと思います。
