終戦記念日に思うこと。

昨日は68回目の終戦記念日でした。
毎年ながら、閣僚の靖国神社参拝の是非についてトップに取り上げられてしまうことは、残念です。
国民が英霊の冥福を祈ることは、極めて自然のことです。
閣僚も一国民の立場で参拝をすることは、信教の自由であり、政教分離もされていると解せるため、「ポケットマネーで玉串料」を強調するのでしょうが、敢えて強調しなければいけないのも違和感を覚えます。

そもそも、戦争はいけません。

でも、現実に戦争は存在し、戦争にならないためにどうするかが外交であり、国民の生命・財産を守るのが政治であると思います。

私は靖国神社への参拝は、国のため、家族のため、愛する人のために亡くなっていった方々に気持ちを奉げる手段であり、平和への祈りの手段であると思います。

戦後68年ということですが、経験した方々がご高齢になられたり、亡くなられたりということで、直接伝える人が少なくなって来ました。

私は子どもの頃、祖父から戦争経験について話を聞いたことがあり、また、高校の修学旅行で沖縄戦について話を聞きました。

時代が進むに連れ、私のように生活や学習の場で経験者の話を伝える機会が少なくなってしまいます。

したがって、毎年の終戦記念日に、戦争について考え、語り合い、その基本となる政治ついても考える機会にすべきと思います。

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